時代設定は1983年、当時のハイソな職業の代表格である広告業界の若手クリエイターのマックスと、ハンバーガーショップに勤める中年女性のノーラが出会い、ノーラが強引にマックスを自宅に誘いこんだことでふたりは恋に落ちる。
「わたしって、ほんとはもっと価値があるんじゃないかってーわたしに興味をもってくれる男がかならずどっかにいるはずだって。笑えるけど、ほんとにそう思ったのよ。そして、あんたと出会った」
そこから始まる、「愛」という呪いによる二人の苦しみの物語。
・
小説はマックスを主体とした三人称で述べられているが、主に苦しみをひきうける役割はノーラのほうだ。
社会的ヒエラルキーの底辺層で生きていること、学歴と知性がないこと、前夫/亡息子とのあいだに信頼できる家族関係をつくれなかったこと、そしてマックスとは15歳の差のある中年女であること。
なにもかも自分とはつりあわないことを感じざるを得ないマックスが自分を求めてくることが、彼女にとっては安らぎよりも苦悩を多くもたらす。
「わたしはいつでも心のなかでこんなことばっかりーノーラ、今夜こそあいつも夢から覚めるわ、今夜があいつと会う最後の夜だよ、それに、これだけ長くつきあえたんだから幸せ者じゃない。おまえの腐った人生にいい思い出ができたと考えればいいんだーなんて考えつづけてる。そこへ、あなたがあらわれるのよ」
「わたしはね、わたしにはもったいないと自惚れてる男に我慢するほど、人生暇も時間ももてあましちゃいないわ」
家族を失ってからひとりで生きてきたノーラのプライドと孤独が、マックスの愛を受け入れることを拒む。
・
一方のマックスが、自分とは釣り合わない、住む世界が異なる、なによりも自分がノーラのようなだらしのない女性を嫌悪しているにも関わらずノーラを求めてしまう理由は、本人の口から語られず、おそらく本人にもよくわからない。
ただ、マックスが交通事故により失った前妻のジェイニーが“誰もが羨むような女性”であったことが逆にマックスの情熱を失わせたこと、“小男”であるマックスが大柄で野蛮なノーラとのセックスで興奮すること、ノーラのだらしなさが自分の母親に共通すること ─母親のだらしなさを子どもの頃からマックスは忌み嫌い矯正しようとしたがそれは叶わず、ノーラであれば矯正が可能ではないか、とマックスが思っていること。
これらが物語の中で描写され、ジェイニーの死でいったん制御できなくなった自分の人生を自身の手でコントロールすることを望んでいることが描写される。
住む世界の違うノーラとの恋を成就させることが、自身の人生にとってのリハビリであるかのように。
・
互いの住む世界が違うことを互いに認めあっている二人は、幾度となく酒とセックスに溺れる。
その間だけは、苦しみも嫌悪も忘れることができるから。
しかし、それは一時の逃避にしか過ぎないことは明らかだ。
・
世代や環境の違いはあれど、二人はもう大人だ。
大人のふたりが恋をする理由は、「自分の人生はこんなはずではない」という、置かれた現状からの脱出のためだ。
目の前に現れた相手に期待することは、「今の状況から自分を連れ出してくれること」だ。
それが現実になるためには、二人の少なくともどちらかが変わらなければならなかった。
・
マックスがノーラを愛している(どんな理由にせよ)にも関わらず、ノーラを自分の世界に引き入れることをためらうこと、そしてノーラ自身も自分を守るためにそれを望まないことが幾度となく二人をいがみ合わせる。
しかしある日、マックスは友人宅でのパーティにノーラを同席させ、ノーラは彼女自身の度胸とプライドで、成功ではないにせよ自身のちいさな居場所をマックスの世界の中に作る。
だがそれもつかの間、ノーラは置き手紙を残してマックスから去る。
・
「行く先をでっちあげたり、別れる理由を適当にいいつくろうこともできるけど、わたしはもうあなたに嘘を並べる気はありません。ですから、あとは何もいわないようにします。あなたもそれをよかったと思う日がきっと将来来るでしょう。わたしはあなたの人生に居場所がなかったし、あのままでいたら、あなたの人生をめちゃくちゃにするだけでした。
わたしがあなたを愛していないとは思わないで。いまも愛しています。いつまでも、死ぬまで愛してます。わたしを憎まないで。」
・
ノーラを失ったマックスは、クライアントのテレビCMの女優をノーラそっくりにする演出を行い、意見の対立したクライアントと職を失う。
このあたりのくだりはマックスにとっての「呪い」の描写だ。
去った者への愛が残された者を狂わせ、人生を変えていく。
そして、呪いを解くには、現実を変えるためには、何かを捨てる必要があった。
・
ニューヨークに渡ったノーラは高卒の資格をとるために勉強し、レストランを経営する恋人のもとで新たな生き方を見つけようとする。
ノーラを追ってやってきたマックスはダウンタウンに移り住み、足を棒にしてコピーライターの仕事を探す。
自由の街ニューヨークで、それまでの自分のいた世界を捨てて、生きることをやり直すことに決めたふたり。
呪いと苦しみを受けてきたふたりは、多くの読者が望むかたちで小説を終わらせる。
・
小説ではない現実の物語では、恋に落ちた男女の多くは捨てることのできない世界と呪いを背負ったまま生きていく。
その状態で呪われ続けるか、呪いを捨てるために恋を捨てるか、あるいは自分の世界を背負ったまま相手の世界を背負う努力をするのか。
最善の答えが見つからないまま、恋を続けるひともいる。
呪われ続け地獄の炎で焼かれる想いをしても「ふたりでいれるならきっと地獄も楽しい」と想いながら。
・
小説の原題でありノーラがマックスと出会う彼女の職場である“WHITE PALACE”は、実際にアメリカに存在するハンバーガーチェーンであるらしい。
もちろんそのままでは日本では意味が通じないため、翻訳を手がけた雨宮 泰 氏がこの印象的な邦題をつけたようだ。
その由来は、小説内でもマックスがノーラに薦める小説を苦慮する中で登場するロバート・ショーの『ピグマリオン』が原案となった『マイ・フェア・レディ』にあると思われる。
・
映画の公開に併せて文庫版の装丁も一時変わったが、オリジナルの装丁はロバート・ブルーのイラストを用いている。
日本国内では、中山美穂のアルバム『MIND GAME』(1988)のジャケットを手がけたことで一部に有名なイラストレーターであり、パトリック・ナーゲルと同様の“肌を白く描き皺を描かない”という80年代のイラストレーターのひとりである。


