2018年7月


大雨の翌朝は、例によって息子が寝ている間に出勤し、通勤ピークの波の流れを遡るように再び自宅に戻った。

隣の市から会社に通う社員の「渋滞で車が進まないので自宅へ戻った」「1時間遅れのバスに乗ったけど道で事故があってそのバスも進まない」というやりとりとは関係なく、街中のバスは週明けの出勤者を運んでいる。

日曜日までの長雨が“なかったこと”のような夏空の下で蝉が鳴き始めたけれど、東南の山を越えた向こうには泥の色をした苦役に耐える人々がいる。

息子の学校は臨時休校となり、行きたかったお好み焼き屋は月曜日が定休日で、正午前に入った大きなお店は我々以外に客がいなかった。

夕方に寄った大きなスーパーでは、日配品/生鮮品のコーナーだけがきれいに何もなくて、それ以外の棚の品揃えとの不揃いさが目立つ。

この数日間、外に一歩も出ていない家人は「道路には泥のついた特殊車両が走ったりしてるの?」と訊いてくるけど、そんなにわかりやすい非日常はまだこの街には存在していない。

その家人は、ホスピスに入った実母筋の祖母がもう長くないという知らせを受け、この数年断絶していた母親と共に、様々なことに決着をつけるような思いで今週末に富山まで行く決意をしたようだ。

ちなみに、もともと鳥取の人間である祖母がなぜ縁も所縁もない富山にいるのかは謎。


異なる様々な映像を流す複数のモニター画面の前に居るようだ。

それぞれ異なってはいても、どれも全て手を伸ばせば届く現実のことで、それらを受け取る自分の心はいつもひとつしかない。

こんな時にヒグチアイの唄が鳴り止まない。

それは自意識への逃避ではない。

ごちゃごちゃした現実や情報を、ひとつにまとめて壊れないように風呂敷でくるんで、ちゃんと背負っていけるようにするための自分へのおまじないみたいなもの。


彼氏いたってお金あったって
つらくなることないですか?
世界で一番わたしが
不幸だって思ってもいいですか?

なにが不満だって 言えないよわかって
誰のせいでもないんだよ
呪いみたいに縛られて
寝ても覚めてもいつも夢の中

ハードルを高く高く決めたの
絶対下げたくない
傷はいつかを 思い出す鍵だ
なんども転べ

誰もいない街 誰も見てないステージ
踊り続けられるだろうか
擦れたかかと 引き摺って
それでもまわるまわる
誰もいない道 誰もくれないトロフィー
走り続けられるだろうか
わたしのために わたしのための
わたしでわたしでありたい

かわいくたって頭良くたって
つらくなったっていいですか
憧れとごちゃまぜにして
話合わせに語る夢じゃない

ねえどうか今を最高地点と
決めつけないでいて
旗は立てるな 大きく振れよ
風を味方に

誰もいないベンチ 誰もいない客席
削り続けられるだろうか
厚くなった手のひら
信じて 進め 進め
誰もいない未来 誰も知らないストーリー
描き続けられるだろうか
わたしのために わたしは生きるの
つらいなら、こわいなら、大丈夫

しあわせの数 増えて見つけた
ちいさなかわいい家
これが全てだ そう言った友よ
しあわせでいて

誰もが背を向け 誰からも忘れられて
いつか来る日がこわいけど
誰でもないわたしがわたしを覚えている
強く強く

誰もいない街 誰も知らないメロディー
うたい続けると誓うよ
わたしのために わたしのための
わたしでわたしでありたい
わたしでわたしでありたい
わたしでわたしでありたい


でも、いちばん最後でいいので、わたしはあなたのためのわたしになりたい。

心は言葉につつまれて

弔辞

8月2日にあなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが回復に向かっていたのに、本当に残念です。

われわれの世代は赤塚先生の作品に影響された第1世代といっていいでしょう。あなたの今までになかった作品や、その特異なキャラクター、私たち世代に強烈に受け入れられました。10代の終わりからわれわれの青春は赤塚不二夫一色でした。

何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなことをやっていた時に、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは今でもはっきり覚えています。赤塚不二夫が来た。あれが赤塚不二夫だ。私を見ている。この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすらできませんでした。終わって私のところにやってきたあなたは、「君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住むところがないから、私のマンションにいろ」と、こう言いました。自分の人生にも他人の人生にも影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。

それから長い付き合いが始まりました。しばらくは毎日新宿の「ひとみ寿司」というところで夕方に集まっては深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタを作りながら、あなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。他のこともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、いまだに私にとって金言として心の中に残っています。そして仕事に生かしております。

赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。麻雀をする時も、相手の振り込みであがると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしかあがりませんでした。あなたが麻雀で勝ったところを見たことがありません。その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかし、あなたから後悔の言葉や相手を恨む言葉を聞いたことはありません。

あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折見せるあの底抜けに無邪気な笑顔は、はるか年下の弟のようでもありました。あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀の時に、大きく笑いながらも目からはぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺の時、たこちゃんの額をぴしゃりと叩いては、「この野郎、逝きやがった」と、また高笑いしながら大きな涙を流していました。あなたはギャグによって物事を動かしていったのです。

あなたの考えはすべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は、重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また、時間は前後関係を断ち放たれて、その時、その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち、「これでいいのだ」と。

今、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が、思い浮かんでいます。軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外への、あの珍道中。どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の送り火です。あの時のあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。

あなたは今この会場のどこか片隅で、ちょっと高い所から、あぐらをかいて、ひじを付き、ニコニコと眺めていることでしょう。そして私に「おまえもお笑いやってるなら弔辞で笑わしてみろ」と言ってるに違いありません。あなたにとって死も1つのギャグなのかもしれません。

私は人生で初めて読む弔辞が、あなたへのものとは夢想だにしませんでした。私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言う時に漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。しかし、今、お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の1つです。合掌。

平成20年8月7日、森田一義

故・赤塚不二夫氏の葬儀における以上の弔辞はすべて【勧進帳】だったという。

ただしこれらが全てあの場面で即興で出た言葉ではないと思う(※)。

タモリ氏が恩師の死と直面してから弔辞を読むまでの短い期間の中で、思い出を振り返り結晶化されたエッセンスがあの場面で美しく言葉としてこぼれていったのだろう。


大学3年生の年度末に、学部生の卒業式典において送辞を読む役目を与えられた(世話になった教官から「誰かおらんかね」と言われて「じゃ僕やります」と返答をして決定。推薦で選ばれたとか名誉ある役割ではない)。

過去2年間くらいの送辞原稿を参考にして自分なりの言葉をこさえて文章にして、本番で200人近くの卒業する先輩方の前で原稿を読み上げていた。

それがどんな内容だったかは今は全く覚えていないが、送辞の言葉として形にはなっていたかもしれないけど、つまらなかった。

どこかで聞いたような言葉を並べ変えただけで、決して自分の言葉ではなかった。

読みながら自分でも「こんなんじゃいかん、これじゃ伝わらない」と思った。

準備した原稿をすべて読み上げ、手元の原稿を下げ、卒業生に向かって言った。

「…という原稿を準備して読んでみましたが、こんな時に言うべき言葉はただ一つです。『ありがとうございました。』」
一礼をしてマイクの前を去った。

卒業生の方々の表情が少し変わった。

それまで儀礼的に進められてきたモノクロの流れに色と温かみがついたのが判った。

私の送辞に対して答辞頂いたのは女性のKさんだったが、Kさん自身もやはり同じことを感じていたようだった。

用意されていた原稿を読み上げた後、「私もこの原稿を準備したんですけど─」と言い、その後はご自身の言葉でそれまで共に過ごした同窓やお世話になった教官方に対する想いを活き活きとスピーチしてくれた。

式辞のあと会場の外で佇んでいたら学部の中でもイケイケの代表格だったO先輩が「すごく良かったよ」と声をかけてくれた。


何にもまして重要だというものごとは、何にもまして口に出して言いにくいものだ。それはまた恥ずかしいものでもある。なぜならば、言葉というものは、物事の重要性を減少させてしまうからだ。言葉はものごとを縮小させてしまい、頭の中で考えているときには無限に思えることでも、いざ口に出してしまうと、実物大の広がりしかなくなってしまう。
(スティーブン・キング『スタンド・バイ・ミー』、山田順子訳)

高校2年のときから約5年間、毎日日記を付け続けた。

2001年、観た映画や聴いた音楽に動かされた気持ちの発散の場所を探して知り合いのサイトに載せてもらったり、他所のサイトの掲示板にいろいろと書き込んだりしていた。

2007年から個人のブログを始めて今ここ:息子と一緒に22時前に寝たけれど夜中すぎにまた起き出して、こうしてまた言葉を連ねている。

そしてまた、”言葉はなんとキュークツか”と思う。



以前、

「言葉は心には一生追いつかないのだろうけど、それでも追いかけていくのは楽しいですよね。」

という僕の意見に、

「言葉は心には一生追いつきませんけども、ときどき心を超えるんだよね! で、超えるのってどういうときかというと、受け手が存在するときなんすよね。それは文章を書くときに思い浮かべてた人かもしれないし、見知らぬ自分に似た誰かかもしれないし、未来の自分かもしれないし、まあとにかく、書きつけておくことが起点となって、それを受け止めてくれた人との間に橋がかかって、心よりも先に到達することができる!なんかそれが文章を書く意味のひとつかな」

と言ってくれた人がいる。

その時はあまりその意味が判っていなかったけど、送辞において出た「ありがとうございました」という言葉はこちらの思いをことのほか越えて先輩方の心に届いたということかもしれない。

タモリ氏の弔辞もそのうちの数%は本人の無意識化から口をついて出た言葉として、言ったご本人も”あぁ俺にとっての赤塚氏はこんな人だったんだ”という再認識をしたのかもしれない。

ああぁ、こんなことを書くつもりでもなかったのに。やはり言葉はキュークツだ。

心を伝えたいのに 君に伝えたいのに 言葉で伝えたいのに 
(フライングキッズ『心は言葉につつまれて』詞:浜崎貴司)



※ タモリの弔事が本当に「勧進帳」だったのかについては、その後様々な検証や証言が行われている。

タモリの弔辞は白紙だったか検証してみた。/サンキュータツオ教授の優雅な生活/2008
タモリの弔辞は生前本人に披露されていた/日刊ゲンダイ/2020


ロベール・ゲディギャン『海辺の家族たち』(2016/フランス/キノシネマ)



故郷の父が倒れ、介護する長男のもとに帰郷した次男と妹。

既に中年でありそれぞれの人生を歩んできた彼らはそれぞれの苦労や蟠りを表出させるけれど、それは気のおけない故郷であればの振る舞いだろう。

物語の大半で描写されるのは、彼/彼女らに加えて近隣の住人らの間での、さまざまなかたちの[愛]についてのエピソードであり、そこがフランス映画らしい。

終わる愛、始まる愛、永遠に続く愛、それらを後目にしながら長男は父の介護や父から引き継いだレストランの運営、山林の維持のために黙々と体を動かす。

寂れて死に行く故郷の漁村をわずかな灯りをともし続けるように。


この映画の舞台はフランス/マルセイユから西の海沿いの小さな漁村メジャン。

マルセイユ出身のゲディギャン監督は本作の3人きょうだいを演じるメインキャストの3人と、故郷沿岸の地域で長年にわたり映画をとり続けてきているそうだ。

(それらの過去の映像も印象的に挿入され、青春時代の3人が無邪気にじゃれあう姿も印象的だけれど、村が栄えていた頃のクリスマスの映像が鮮やかで活気に満ちていて素晴らしい。)

そのことを踏まえると、この映画の中心になるのは漁村そのものの現在の姿であり、長男が村に関わりつづけていく視点が監督の視点そのものなのだろう。


そう考えると、難民問題をドラマの中に差し込んでくるのも、海をはさんで中東各国が位置する故郷の今後に向けた監督の提言のひとつなのかもしれない。

言葉を発しない子どもたちが漁村の生活に馴染んでいく様はグローバリズムの現れであり、ラストシーンで子どもたちの呼び声が起こす小さな奇跡は、[死に体]のこの村の未来に向けた希望を描いている。


何よりも、それまでの蟠りやいざこざをほんの些細なことにしてしまうような子どもたちの真っ直ぐな眼差しと“握りあった手”の尊さ。

“握りあった手”は別の場面でも「どこまでも共に」という意味の象徴として印象的に登場していた。

かつて恋人同士だったふたりも、住む世界や年齢の違いが大きく異なるふたりも、これから離れてしまうことがあっても互いに手を差し出しあいながらこの先を模索していくのだろう。

それでいいと思う。

山本文緒『自転しながら公転する』(2020/新潮社)

物語のアウトラインにも作者についても、何も知らない状態で読んだ。(図書館に予約した時にはあらすじくらい目にしたかもしれないけど、それから8ヶ月が経過しての貸し出しで、記憶にはない。)

元・森ガールでアラサーで両親と同居中で社会的な身分も地位もない主人公。

それがこの小説のメインターゲット読者層のイメージなのだろうけど、それらに何ひとつ当てはまる要素のない自分でも、簡潔な情景描写と活き活きとした人物造形と目まぐるしい展開で一気に読まされてしまった。


地上から月を見上げることは数多くあるけれど、こちらから見える月の表情は常に同じものだ。

月は地球の周りを常に自転しながらも公転している。

ぐるぐると回って/周っているのなら違う表情が見える機会もあるはずなのにそうではないのは、長い年月の中で地球の引力の強さによって回転する軸が地球側から垂直に固定されてしまったからだそうだ。
(皿回しの棒によってぐるぐると回っている皿の裏側を、真下から見上げている状態だろう。)

月の違う表情を人類がその目で見るためには、地球と月の引力圏内から宇宙船でいちど遠く離れていつも見ている月の反対側に行くしか方法がなかった。

そうやって見ることのできた面を「月の裏側」と言うけれど、裏でも表でも見ているのは同じ月であることには間違いはなく、さらに言えば、球体の表面上でなだらかに続いている部分を「裏側」と呼ぶのも少しおかしい気がしてくる。


家族という惑星系、職場という恒星系、そして恋人という連星系の軌道の中で、それぞれの登場人物が動いている。

たとえば家族という強い相互の引力関係の中では、互いに固定された側面の人物像を見ることしかできない。

逆に、いったん家族の圏内から離れることや、家族圏に対して外部から強い力が加わることによって、引力の影響が変化し、今まで見れなかった側面を発見したり、相手に対する評価が変化することもある。

ただし、どれだけ見えるものが変化しても、見ている対象はそれまで暮らしていた家族であることには間違いなく、それらがいきなり他の人物に変わったわけではない。

また、公転の軌道周期が違うもの同士が接近することも離れていくことも、多くの場合はそれを意のままにコントロールできるものではなく、外因的な要素の結果の積み重ねが予想しない軌道の交わりを生みだす。


『自転しながら公転する』とはそういう物語だ。

章ごとに観測対象は変わりながらも、主要な登場人物たちそれぞれの自転と公転の様子と相互の影響を赤裸々に描写していく。

ただし、元・森ガールで人生の岐路に立たされた主人公が、自転と公転を繰り返して人間的に成長していく物語ではない。

彼女は身近な相手を責めることで自分の卑怯な部分に気づき、非日常に足を踏み入れることで自分の弱さを認識せざるを得ない。

そういった弱さ/脆さは他の登場人物たちにもそれぞれあり、理不尽なふるまいをする人も悪人ではなく、また弱者といえども聖人ではないこと、それぞれが自身の軌道の上で動きつづける存在に過ぎないことを実感させる。

そしてその動きの末にあるものは何なのか。

雑誌での連載から単行本化されるにおいて追加されたプロローグとエピローグについては、それが有るものと無いものとでは作品の印象/温度が全く異なるし、“無いほうがよかった”という読者の声も無視はできない。

旧来的な価値観がアップデートされ続ける社会の中で、“結婚だけが幸せのかたちではない”とか“誰もが幸せになる権利がある”という価値観は、まだ社会の主柱にはなっていないにせよ様々な生き方を肯定するための軸として存在している。

しかしその価値観を全ての拠り所にすることによって生じてしまう別の危うさにある程度の歯止めをかけるように、

「幸せにならなきゃって思い詰めると、ちょっとの不幸が許せなくなる。少しくらい不幸でいい。思い通りにはならないものよ」

「恋愛関係だけが男女の関係じゃないだろ」

という言葉を、新たに追加されたエピローグの中で登場人物に言わせたかった筆者の気持ちはわかるような気がする。

ジョナサン・レヴィン『50/50(フィフティ・フィフテイ)』(2011/アメリカ/アスミック・エース )


ジョセフ・ゴードン=レヴィット演じる主人公はシアトルの公営ラジオ局で制作を担当する27歳。

恋人である現代芸術家のプライス・ダラス・ハワードとの仲は、彼が男性としては几帳面すぎる性格のせいか、最近あまりうまくいっていない。

レヴィットの同僚のセス・ローゲンは几帳面で淡泊なレヴィットとは正反対にややガサツで女好きだが、ふたりは高校の頃からの親友であり互いのことはよく知っている。 

体の変調に気付き病院で診断を受けたレヴィットは医者より脊髄部に浸食した重度のガンであることを宣告される。

ウェブで調べた情報によると5年以内の生存確率は50%。打ち明けたローゲンからは「悪くない数字だ。カジノなら勝てる」と楽観視され、ハワードには自分から別れることも勧めるが「大丈夫、私が面倒を見るわ」と受け入れられる。

物語のプロローグ的な部分であるここまでの描写はスピーディーだが、映画はこのあとから徐々におかしく(可笑しく)なる。


レヴィットは両親を自宅に呼び、ハワードと共に自分がガンであることを告白する。

ヒステリー気味の母親アンジェリカ・ヒューストンは「いつ判ったの?2日前?なんで2日間も黙ってたの!?」「緑茶を入れてあげる。緑茶はガンの発症率を15%低減するのよ」と動転し、アルツハイマーを患う父親は目の前で起こっている事象を理解できない。

ハワードは「犬は人を癒すのよ」と保健所から痩せこけた老ハウンド犬を引き取りレヴィットに押しつけるように飼わせる。

ローゲンはレヴィットがガンであることをネタに女性の同情を惹くナンパを繰り返す。

病院で紹介されたセラピストのアナ・ケンドリックは自分よりも年下の研修生で、レヴィットへの接し方は不器用なことこの上なく、なにかとレヴィットを苛立たせ、セラピーどころではない。

周囲の人間の言動がどれも自分の感情とかみ合わず、独り静かに当惑するレヴィット、というシチュエーションは、突然自分が異文化に放り込まれた状況を描く”カルチャーギャップ・コメディ”と同じで、その微妙な”かみ合わなさ具合”が可笑しい。

なにしろガンを患うレヴィット当人も、自分の状態について正確に把握できておらず、初めての病院での抗ガン剤治療で出会う先輩患者から”ハッパ入りのマカロン”を勧められてハイになった状態でガン病棟を徘徊し、ストレッチャー上の患者を見てわけもなく微笑んだりする。

恋人として当初は甲斐甲斐しく彼の面倒を見ていたハワードの態度も、次第に距離ができはじめる。

レヴィットをネタにナンパした書店員をデートに誘ったローゲンは、ハワードの芸術個展の会場でハワードの浮気現場を目撃する。

その夜レヴィットとハワードの前で”証拠写真”を防露し、ハワードを追い出すローゲン。

このあたりから、レヴィットの混乱を助長するだけの周囲の言動のおかしさは”可笑しい”ではなく”不可解”の色が濃くなりはじる。

しかし、ガツガツするローゲンと対照的に女性に対しても奥手なレヴィットは、声高に自分の感情を語ることはない。

静かに進行するガンによる疲労感/顔色の変化や、ひとりベットに横になる彼の無言の表情にレヴィットの孤独感が浮彫になっていく。


ハワードと別れて病院への送り迎えの足(車)が無くなり病院のバス停に座っていたレヴィットをケンドリックが見かけ、車で家まで送ることを提案したことから二人の関係(そして映画のトーン)は変わっていく。

つきあっていた彼と別れたことを運転しながらひとりごちるケンドリック。

「駄目、患者にこれ以上のことは言えない」と言いながら「彼に新しい彼女ができていないかどうか、フェイスブックでチェックしてばかり」と愚痴るケンドリック。

そんなケンドリックの車内はゴミで散乱し、それに我慢しきれなくなったレヴィットは車を道端に停めさせ、ゴミ箱に捨てに走るが、そんなレヴィットの様子には幾分生気が戻っている。

ガンを宣告されてから「ガン患者とそれを気遣う周囲」という関係でのひとつでしかなかったケンドリックとの関係が「不器用だけど恋したい男と女」という胸がきゅんとする関係に変化するそのパートから、

レヴィットの感情、周囲の関係が少しづつ温かかなほうへ動き始める。

そして彼のガンの進行は止まることはない、

抗ガン剤治療を共に行い、私生活でもやりとりを行っていた老患者の突然の死。

そしてレヴィット自身も自分の体に抗ガン剤の成果はなく、危険度の高い手術を行う以外に選択肢はないことを知らされる。


自分の生死の問題を心の中に抱えて、手術の前日に激しく感情を高ぶらせ嗚咽するレヴィット。

しかしそれは、自分に対するローゲンや両親の本心、ケンドリックへの自分への正直な気持ちを確認する大事なきっかけでもあった。

手術へ。レヴィットと皆がそれぞれの立場で、手術の経過を待つ。


映画の前半部分は上に書いたギャップ・コメディとしてずっとくすくすと笑っていた。

しかし後半、ケンドリックの車内でのシチュエーションで、二人の気持ちの距離がぎこちなく近づいていく描写の暖かさにボロボロと涙が出て以降、ずっとぐずぐずと泣いていた。

ガンについての知識も経験もない自分にはリアリティは判らないけれど、これは「人間賛歌」の映画だ。

『50/50(フィフティ・フィフティ)』というタイトルは生存確率の意味とともに、この映画の前半と後半で折り返しで描かれていた”人間関係の機微の表面と内面”、そして”最後のときに笑うのか、泣くのか”という生き方の意味をうまく表したいいタイトルだと思う。

…何よりも、アナ・ケンドリックが、リスみたいで可愛かったです。

2021年6月の備忘録

【映画】

クレイグ・ギレスピー『クルエラ』(2021/アメリカ/ウォルト・ディズニー・ジャパン)

フロリアン・ゼレール『ファーザー』(2020/イギリス、フランス/ショウゲート)

ロベール・ゲディギャン『海辺の家族たち』(2016/フランス/キノシネマ)

【小説・漫画】

窪 美澄『水やりはいつも深夜だけど』(2014、KADOKAWA)

田島列島『子供はわかってあげない(上・下巻)』(2014/講談社)

山本文緒『自転しながら公転する』(2020/新潮社)

2021年5月の備忘録

【映画】
今泉力哉『街の上で』(2021、「街の上で」フィルムパートナーズ)
岨手由貴子『あのこは貴族』(2021、東京テアトル)
グー・シャオガン『春江水暖』(2019、中国、ムヴィオラ)
ニル・ベルグマン『旅立つ息子へ』(2020、イスラエル、ロングライド)
ブライアン・カーク『21ブリッジ』(2019、アメリカ、ショウゲート)

【小説】
角田光代『愛がなんだ』(2003、メディアファクトリー)
スティーヴン・キング『ファインダーズ・キーパーズ』(2015、アメリカ、白石 朗 訳、文藝春秋)
スティーヴン・キング『任務の終わり』(2016、アメリカ、白石 朗 訳、文藝春秋)
スティーヴン・キング『アウトサイダー』(2018、アメリカ、白石 朗 訳、文藝春秋)
コナン・ドイル ショートセレクション『名探偵ホームズ 踊る人形』(2018、千葉 茂樹 訳、理論社)

2021年3月の備忘録

【映画】
スティーブン・チョン『ミナリ』(2020/アメリカ/ギャガ)
安達もじり『心の傷を癒すということ 劇場版』(2020/ギャガ)
ヤン・コマサ『聖なる犯罪者』(2019/ポーランド、フランス/ハーク)

【小説】
ダフネ・デュ・モーリア『いま見てはいけない デュ・モーリア傑作集』(2014/務台夏子 訳/東京創元社)
スティーブン・キング『心霊電流』(2014/峯村利哉訳/文藝春秋)

【音楽】
鈴木亜美『それもきっとしあわせ』(2007)