前半の連休前の最後の登園日は、園の行事で動物園への遠足だった。

残念なことにM君は動物に対して興味を示すこともなく、人混みの多さは他の子どもの泣き声等が気にさわるところが多かったようで、終始機嫌が悪く、帰りのバスでは朝から食べたものを全てもどし、翌日から微熱続き/殆ど食欲がない状態が続き、連休あいだの登園も休むことになった。

連休後半はもともと我が祖父の四十回忌の催事が九州の実家で入っており、新幹線の個室を使って二泊三日でM君と実家に行くことも決めていたのだけど、上の理由でM君を残して一人で実家に戻った。


僕には二人の兄がいる。

3つ年上の次兄は実家から車で小一時間ほどのところに住んでおり、そこの3人娘も会うたびにM君のことを可愛がってくれる。

6つ年上の長兄は大阪に住んでおり、会う機会は年に1度あるかないかで、M君が生まれてからこれまで会ったことがない。

九州の実家に今回M君を連れて帰ることは、長兄にM君を会わせたい、ということも大きく、M君の体調が戻るようなら是非そうしたかった。

しかし体調が戻っても、慣れない移動/慣れない法事にまた本人の体調が崩れることも予測され、”長兄に会う”という目的も、実家ではなく大阪に家族で出かけることもできるだろうと思い、当初の予定を大幅に短縮して一人でぶらりと帰ることにした。


実家に帰る当日の早朝(前日の深夜)から、ネット上で物議をかもしたある話題があった。詳細は下記に詳しい。

大阪維新の会  大阪市会議員団  平成24年5月 家庭教育支援条例(案)

内容を読んで頂いて、その内容の問題点にすぐ気が付かれることを期待する。

大阪市「育て方が悪いから発達障害になる」条例案について

早い話が、「発達障害は親の愛情が足りないから」という無知という名の悪意を大都市の条例に盛り込み、発達障害に対する理解や関心を向けようとしない多くの人々(一般市民とも言う)に啓蒙しようとする、言葉に表すこともはばかる悪法だ。大阪”市”という限定された地域での条例”案”とはいえ、この内容を知って、もう大阪にM君を連れていくということは遠い話のように感じてしまった。


多かれ少なかれ、(発達障害以外でも)障害を持つ子どもの親で”負い目”を持たない親はいないと思う。

医学的見地からの”発達障害は親の育てかたのせいではなく、先天的な脳の機能の問題である”という言葉に救いを求めることはあっても、「この子の障害は私たちのせいではない」と自分の口から言える親などいないはずだ。

特にお腹をいためた母親であればなおさら、伝統的な母親像という幻想に責め立てられ、”妊娠中に○○していたから”、”産後小さなときに○○を十分にできなかったから”といった後悔・自責はずっと付いてまわるだろう。

科学的根拠の有無ではなく、”世間はそういう目で自分たち親子を見ているんだ”という事実;そういった視線が全てではないにせよゼロではないためずっと逃れることのできない非難や偏見は、それまで子どもに注いだ愛情も努力も一瞬にして無にしてしまい、親の心を紙屑のようにグシャグシャにしてしまう。

どれだけ親子で頑張って、以前まではできなかったことをできるようになったとしてもそんなことは一般の人たちの多くは知る由もなく、”普通の子と比べておかしい”ということで、”親の躾がなっていない”といういとも簡単に出された結論で、親の心は死に、心が死んだ親の子どもの心もいずれは死ぬ。

ネット上での多数の無名/有名な人々からの反発に対して、法案を提出した大阪維新の会のボスは、この法案の内容については関知していなかった/表現には問題があった、と釈明した。

おそらくこの法案は”なかったこと”になるだろうけれど、この法案を作成した議員の名前とこれを作成した背景については公開してもらわなければ、この先同じ議員が提示してくる政治的意見に対しての正しい判断はできない。

しかしその議員も氷山の一角にしか過ぎない。無知という名の無邪気で死に至る悪意は、自分自身が差別や偏見の対象としての当事者や関係者にならない限り無くならないのだから。

そのことは多くの当事者自身が、身をもって理解しているはずだ。

九州の実家に帰る前にM君と散歩した。

いつものコースで気ままに動きまわるM君を携帯電話のビデオカメラで撮影し、実家で長兄に見せた。

「すごく笑ってるね。いいこっちゃ」

「やさしい顔してるね」

そう言ってくれた。

ひとりで寝る布団はなんとなく寂しくて、馬鹿みたいと思いながら、実家にあった抱き枕人形を枕の横にならべた。

今回の帰省のために、母がM君用に買ってきておいてくれたらしい。

無口なところは、M君そっくりだ。

遊びに来た次兄の3人娘は、「今回はM君いないの?」と寂しそうにしてくれた。

「M君? いるじゃん」と言って抱き枕人形を出したら、ケラケラ笑いながら人形と遊んでくれた。

素直で可愛い娘たち、可愛くて好きだ。